自殺未遂 「医療保護入院」
保護入院中は私物を部屋に持ち込めなかったので、メモが取れなかった。
早く早く、記事にしてしまわないと忘れてしまう。
救急搬送翌日
我が家に泊まってくれた妹に連れられ、通院している精神病院へタクシーで。
薬が抜けきっていないせいかフラッフラだったため、着後すぐ車椅子に乗せられた。
つい前かがみになってしまうんだけど、「落ちちゃうから背もたれに背をつけていて」と言われた。
どんな薬をどれだけ飲んだかわからないように、準備前にパッケージを処分していたため、妹は家にあるだけの薬を持って行き、
「この中のどれかをたくさん飲んだはず」
という説明をしたようだ。
どこに運ぶ?
どの部屋がいい?
と看護師達がザワザワしていた。
結局どこもいっぱいだったらしく、結局保護室に布団を敷いて無施錠で入れることにしたみたい。
そんなんだったら、受け入れられないっていってくれたほうがよかったよ!
急ごしらえの寝床は硬くて、痛くて寒かった。
入院手続き
その後、点滴の針刺しを何度も失敗され結局手の甲に刺される。
一度の失敗で、もう「手でお願いします」言ってるのに意地みたいに5箇所も刺された。
そのうちの一箇所は菌が入り、梅干しそっくりの水疱になった。
その他は打撲みたいな痣になった(針刺し直後しばらく圧迫してたらよかったんだけど、針跡多すぎて手が足りない)。
看護師や相談員が入ってきて、書類が渡され、サインを求められる。
入院計画書的? 正式名を忘れたけど、そこには
という病名の後に、
「11ヶ月の入院」
と予定が組まれていた。
こんな間に合わせっぽい部屋(そもそも保護室は外からカギかけて閉じ込めとくための部屋だ)で1年近くとかウソ……
一応サインはしたものの、死ぬのに失敗した罰ってこれ? と落ち込んだ。
妹は私が車椅子で連れて行かれた場所を知らない。
身内として色んな書類にサインし、ハンコを押し、入院の保証金を立て替えてくれた。
ここから5泊の不安で危険な滞在が始まる。
このあとは、カテゴリを「精神科入院(医療保護入院)」として、記憶の限り書いていこうと思います。
閉鎖病棟は、一度入ると出るの大変だよ、記録も取れないから中で起こったことはどんな酷いこともなかったことになってしまう。